199531 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

ふらっと

ふらっと

宇宙要塞ソロモン

コンペイトウと、誰が名付けたのか。意図的に突起を残して削っていったとしか思えない形の小惑星は、ソロモンと呼ばれる宇宙要塞である。一年戦争時代に、地球連邦軍のルナツー要塞に対抗して、ジオン公国が設営した機動部隊専用の宇宙基地であったが、連邦側の『星一号作戦』なる物量攻撃によって壊滅し、陥落した。
 現在は、ルナツーでカバーしきれないエリアの防衛拠点として、連邦宇宙軍が管理している。
 トラップ調査に向かった巡洋艦テネレがトラブルに見舞われたとの報告は、ソロモンの宇宙艦隊司令部にも、いち早くもたらされていた。
 ジャッキー・リックス艦隊司令官は、後続の調査隊を兼ねた救援を派遣すべきかどうかの問い合わせに、無言で、手を横に振る合図だけをした。
 テネレが自力で宙域離脱を可能としているなら、よけいな戦力をさく必要はない。それは表向きの理屈である。
 実はすでに、テネレとは別働隊として、ステルス艦が二隻、トラップ宙域に到達しているのだ。ステルス艦はその運用や作戦行動に合わせた艦体構造から、地球上の海洋で使用されている潜水艦に酷似した小型の宇宙艦である。もっとも、連邦海軍が運用する潜水艦は近年、水陸両用モビルスーツの搭載機能を有する潜水空母に切り替えられており、このステルス艦のように涙型の艦体を持つ艦艇は少なくなっている。
 ステルス艦からの情報は、艦隊司令部のオペレーターのもとには届かない。
 届いてはいるのだが、重要機密コードで管理された通信は、司令部所属の将官クラス以上の幹部でなければ閲覧することはできない。
「会議室に行く。テネレの帰還後、艦長を出頭させるように」
 司令官はそれだけを告げて司令室をあとにした。

「どうかね。アレの印象は?」
 会議室には、ソロモン方面軍のトップクラスの将官が7人、リックス司令官の着席を待っていた。
 いずれも中将クラスの将軍だ。
「特務隊の報告には目を通しましたが、トラップを兵力として運用できるかどうかは、相当規模のサイコミュシステムを設営し、稼働できるかにかかると判断します。しかし・・・訳の分からない自然現象に手綱をかけられますかどうか」
 幹部内では最も年齢の若い機動部隊指揮官が口を開いた。
「それを検証するために、テネレにモビルアーマー・デューンを持たせたのだ。問題は、あれがトラップ内部からどの程度のデータを送ってくるかだが・・・」
「あまり期待はできんでしょうな。所詮はロボット兵器。プログラムだけでどこまで動くかは見当もつきません」
 技術畑を歩んできた工廠部隊指揮官と、この機動指揮官とのやりとりが始まる。
「何を言う。サイコミュ兵器などと気取っておるがな、要するに火器管制システムへの命令伝達を行っているのは、結局はデジタル信号なのだ。脳波をこれに変換するのと、あらゆる場面に想定したプログラムが行うのとは、たいして遜色はない。だいたいミイラ取りがミイラになるのは、その優秀なニュータイプ能力を発揮するパイロットの意志や感情そのものだ。どれほど肉体を強化しようとも、人間の持つ業やトラウマまでは克復できんのだよ」
「それでフルオートのモビルアーマーですか。軍が方々でリストラのあおりを受けているこのご時世に、浮いた人件費でバカ高い実験機を作らされたと不評たらたらですよ。そんなものを使わされるこっちの身にもなっていただきたい。使えば金がかかるし、壊せばまたばか呼ばわりされる」
「ならば使いこなしてみろ。これまで培われてきた我が軍のモビルスーツの集大成とも言うべき機体管制システムだ。自己学習型コンピュータの基礎データは、君ら機動部隊の精鋭パイロットの、それこそ血と汗の結晶だぞ」
 機動兵器にパイロット不要の思想を持ち込むなら、そのシステムを巡洋艦や戦艦に導入すればさらに人件費を浮かせられていいだろうがと、機動指揮官は言いたかったが、リックス司令官が視線で彼を制した。
「とにかく、94式を損失し、民間船を巻き添えにした事実は問題だ。事はそれほど重大な危険をはらんでいると、トラップに関する認識をルナツーにも理解させなくてはならん」
 司令官は一同を見回して、続ける。
「いいかね、物理的攻撃による破壊が可能であればの話だが、私は場合によっては、デューンをトラップ内部で自爆させることによって、トラップのフィールドを消滅させる戦術も選択肢に組み入れている。その際は、あれは宇宙の驚異であったのだと理解してもらいたい」
 指揮官達は沈黙した。つまり、デューンは自分たちの保身に必要な保険であるということだ。モビルスーツ部隊と巡洋艦に損害を与え、このうえデューンが回収可能かどうか分からないなどとは、ルナツーや軍本部に悟られてはならない。まして民間船を巻き込むどころか、この民間船の機転によって、テネレはトラップから脱出できたのだ。
 これ以上の醜態はない。
 仮にトラップが破壊可能なものであるなら、最も効率の良い戦術でこれを殲滅した。そのためには、モビルスーツ部隊共々、金のかかった実験機とはいえども、新鋭モビルアーマーを犠牲にせざるを得なかった。「それで宇宙航路はおろか、宇宙災害を撲滅できれば、安いものではないか」
「しかし・・・現場はどうします? テネレの乗組員の証言を取られることも」
 情報局長が口をはさんだ。
「それに、民間船というのも、よりによってDコンツェルン船籍の観光船です。船よりも背後の動きが、今後目を離せなくなります」
「コーラン艦長には悪いが、艦を損傷させ、部隊に損失が出たという事実に関しては、ペナルティをかぶってもらう。だがこれは訓告と減俸で良かろう。テネレも駒として使いこなすには、事態収束まで現場で持ち場を維持させるものだよ」
「なるほど。処分でなく、ほめてやるわけですな・・・司令がこれほど悪人だとは、意外でしたな」
 守備隊指揮官がぼそりと言った。一同もつい、失笑を漏らす。
「なに、皆で幸福になることを願っているのでね」
 これには失笑が爆笑に変わるだけのユーモアが込められていた。
「では、データ収集は怠らぬよう。まだ負けと決まったわけではないからな。各方面の総力を挙げてトラップ解析にかかってもらいたい。意見がなければ討議を終了する」
 リックス司令官が立ち上がる。七人の幹部は総じて敬礼を送り、司令官もこれに返礼した。

 レーザーパルス発信によって確保されている航路に、テネレがコース復帰したのは、それから約30分後のことであった。
 艦内の騒ぎは収まりつつあったが、艦体を間近で見ると、まるで奇襲攻撃を受けたような巨大な穴が、格納庫付近の外殻に開けられていた。攻撃されて開いたものでないということは、装甲版が外側に向かってひしゃげ、ねじ切れていることから明らかだった。  
「冗談じゃないぞ、あんなものを従軍記者に撮影されてみろ。テネレを係留するドックは、船が着定したら即時封鎖だ。メンテ要員以外絶対に通すな!」
 管制監理官がヒステリックに怒鳴る。
「いったいなんだというんだ? それほどトラップというのは危険な存在だというのか」
「テネレから連絡。民間船グリフォンから出動していたMSパイロットを、機体ごと何人か収容しているそうです。その受け入れを求めていますが・・・」
 通信士は官制監理官のに指示を待った。ドックの隔壁内空間に関しては、艦艇及びモビルスーツ、パイロットの動向管理を、管制室が任されている。部外者の扱いは通常、所定の手続きをとった後にレクリエーションサービスや医療班、警務隊などに委ねるのだが、今回は少し厄介だなと、監理官は思った。
「招かれざる客とはいえ、テネレを救助した奴らだからな・・・人数は?」
「5名です・・・6名居たらしいですが、1人はトラップにのまれたとか」
「手続きは後回しにして、パイロットはレクサービスに引き渡せ。MSはこっちで輸送船に乗せ換え、D3に送り返す用意をしておけ。パイロットから事情を聞くのは形だけでいい。飯を食わせてすぐに輸送船に乗せるんだ」 
「そんな雑な手続きでいいんですか?」
「かまわん。どうせこのあとの方が、もっと厄介な状況になるはずだ。へたすりゃトラップが、ルナツーやこの宙域に出現するかもしれんだろう? ルナツーごと飲み込まれるようなことにでもなってみろ、大騒ぎだぞ」
 あまりそういう想像力は働かせてほしくないなと、通信士は思った。
「とりあえずD3のほうには、回収した機体とパイロットを送り届けると伝えてやれ。向こうが多少でも恩義を感じれば“めっけもん”だ」

 管制室の対話などは知る由もなく、そのようなことより自力で宇宙港に帰投する手だてに忙殺されている巡洋艦テネレでは、後方宙域のトラップの反応がかき消えたことを確認する伝令が、コーラン艦長のもとに届いていた。
「まるで宇宙の人食い穴だ・・・なぜあんなものが現れたのか、誰かに理解できると思うか?」
「さあ・・・しかし上層部には理解できるのでしょう? 高価な実験機を惜しげもなく放り出させられたのですから、それを我々の責任にされてはたまりませんよ」
 シノザカ副長は、モビルアーマー・デューンの暴走がトラップの仕業であろうと、既に結論づけている。
 トラップは、サイコミュないしサイコフレームの持つ命令伝達系統に干渉することができるらしい。そのために、トラップがこれらの材質や機材を搭載した艦艇、機動兵器を自ら吸い寄せ、取り込んでしまう。だがシノザカにも「なぜトラップがそのような行動原理を持つのか」が理解できなかった。
「デューンは、わざと暴走するようにプログラムされていたと思うかね?」
「艦長はそう考えておられるのですか?」
「デューンのオペーレーションは今回のミッションに組み込まれてはいたが、これは最初からトラップにダイヴさせることも想定している。わざわざプログラムに仕掛けを入れるほどの手間はいらないだろう。おそらく司令部は我々よりもあわてているはずだよ」
「するとやはり、事故を起こした“かど”で懲罰ものですか」
「それも考えてみたが、まあ訓告と減俸程度で済むだろう。問題は、トラップが気まぐれな極地災害のままこれ以上拡大しないという前提でのことだ。おそらくそれは望めまい。あれは生きている領域と言ってもいい。天然のものか人為的なものかはわからんが、どこかこう・・・兵器に対する禍々しい意志のようなものを感じるのだ。このままでは収まらんよ」
 コーラン艦長はこめかみを指で押さえながら、重苦しい口調で言った。
「宇宙という世界は、単なる空間でしかないと我々は思っていた。それは人の傲慢なのかもしれない。宇宙からこのような挑戦を受けたとき、人類はこれを克服できるのだろうか・・・」

 同時刻、D3ステーションのコントロールセンターでは、消失したグリフォン追跡捜索のために、二番艦ユニコーンの出動シフトが敷かれ始めた。
 フレディ総支配人は、沈着冷静では双璧をなすキャプテン・フロイトと航路図を挟んで打ち合わせを続けている。航路図といっても、手近にあった連邦宇宙軍観艦式の宣伝ポスターの裏側を使い、ペンとマジックで直に書き込みを増やしている即席の図面だ。あとでこの図面がスキャンされ、センター側からユニコーンに転送される。この2人で作成する図面は、スキャニングの際にエラーがほとんど出ないが、キャプテン・トドロキが書き込んだ部分は、読みとったあとの解析がうまくいかないことが多いという。
「今さらトラップ内に2番手を突入させるわけには行きません。これまでの事例のように、どこか別の宙域か、あるいは地球大気圏内に放出されるのを待ちかまえるしかないでしょう」
「クルーが無事でいられるならそれも良いだろう。その保証もないのに、手をこまねいてみているしかないのか?」
「落ち込んだら生きて戻れない空間であるなら、なおさらユニコーンを行かせられません。私はグリフォンのクルーの生存能力に賭けます。ユニコーンは、宇宙空間においてグリフォンが脱出してきた際のレスキューで、手際を見せていただきたい」
「もしもケアンズ輸送船のようなケースになったら?」
「これは、せめて洋上に落下してくれることを祈るばかりですね。都市上空への出現の際は、落下の被害を避けるための措置も執らねばならないでしょう」
 あまりに淡々とした総支配人の物言いに、キャプテン・フロイトもさすがに語気を荒げた。
「グリフォンを自爆させるのか? 最初から見捨てているのと同じじゃないか」
「大多数の被災者が出ることを想定すれば、企業としては当然の措置です。キャプテン、お気持ちは私にも分かっています。それが天災によるものであろうと、グリフォンが地上に墜落して街を1つ吹き飛ばせば、我が社そのものの信用失墜と、存続の危機をももたらすのです」
 フレディ総支配人は、それでも感情を表に出すことなく答える。怒りを秘めた言葉であるなら、心を抑えていても、瞳を見れば分かるものだ。だが彼は、キャプテン・フロイトにさえ、心中の怒りを悟らせたりはしなかった。
 そのことが、キャプテン・フロイトには不快であったが、彼とて伊達にD3
の二枚看板の片方一枚を背負っているわけではない。
「ひとつ博打を打ちいたことがある。私はトラップの領域が、グリフォンが最初に遭遇したときのような二次元の展開ではなくなっているとふんでいるんだ。“やつ”はどういう理屈かわからんが、成長というか、膨張しているのではないか」
 キャプテン・フロイトは、手書きの航路図には書き込む余地がなくなったために、おもむろにポスターを表側にひっくり返して、マジックで図形を書き始めた。
「我々の物理学が“やつ”に通用してのことだが、トラップ領域は球形に膨張している。出現した位置と軌道を考えると、球体の一部は地球の大気圏内にまで到達しているのではないか。ここに地球の重力が作用して、MSはともかく質量のでかい船は落下して行くんだ。だから、トラップ自体もひょっとすると、地球にとらわれて、地球の自転と同じ方向に移動している」
「ユニークな仮説ですが・・・それでトラップがどこにあるかを特定しろというのですか」
「そうだ。そうすれば、少なくとも大気圏内のどのあたりが最悪の事態のポイントになるか、ヤマカンも立てられる。気になるのは、“やつ”が消えたり現れたりすることだが・・・これは理屈を考えても仕方がないだろう」
「しかし・・・それが仮説通りだとしたら、いずれ地球そのものがトラップに飲み込まれるということですね」
「放置しておけば、いずれはそうなるだろう。だがこれまでの事故例から考えるに、トラップの展開はこういうことなのだと思う」
 キャプテン・フロイトは再び書き込みを始める。
 地球、月、スペースコロニー群の軌道をそれぞれ直線上に並べた図を描いたキャプテンは、月軌道と地球の軌道の中間点よりやや地球よりのあるポイントに印を付け、これを中心にトラップの領域を書き込む。
 月軌道までのかなりの範囲にトラップが展開し、地球の大気層の一部がこれに接触しているような図解である。トラップ自体はまだ地球の直径ほどには拡大していないが、事故例が新しくなるほどコロニー群の軌道に近づいていることを考慮すると、やはりキャプテンのいうように、異常空間は広がり続けていると見られる。
「このポイントは、まだ“当てずっぽう”だ。だが、この軌道に、何かがあるんだ。おそらくそれが、トラップを生み出す根元だろう」
「何のために?とは、今は問いただしても無意味でしょうね」
「本音としてはそれを知りたいところだが・・・それからもうひとつ頼みがある」
 キャプテン・フロイトは、ペンにキャップを付けながら言った。総支配人も図面に落としていた視線をキャプテンに向け直して、テーブル越しに向かい合う。
「なんでしょう?」
「今後の議論と作戦行動上、必要と思われることだが・・・」
 キャプテンは少々ためらうようにつぶやいた。
「トラップに関する解釈と解説のために、いわゆるSF用語の使用もある程度認めてもらいたい」


© Rakuten Group, Inc.